長くてめずらしきスーツの午後

先日、新しいお仕事の面接があって、帰ってきたら鍵がなかった。同居人が帰ってくるのはざっと4時間後くらい。お昼ごはんも買ってきたのに…と考えても仕方がないので、買い物袋はドアノブにかけておき、仕方なくスーツ姿で近所をうろうろすることにした。

 

入ったのは近くのショッピングモール内にあるマクドナルド。チキンクリスプやらポテトSやらアイスコーヒーやらを注文して席につき、なるべく時間をつぶさなければならないので前日から読み返していた大島弓子の『サバの秋の夜長』を引っ張り出した。読むのはもう何度目かわからないのに、まあおもしろい。なんておもしろい。『サバの秋の夜長』はいわゆるエッセイマンガだが、ここにつまった生活のユニーク、うつくしさには毎度あこがれてしまう。驚嘆とため息。

しかし、平日の昼間にマクドナルドで『サバの秋の夜長』を読んでいるスーツ姿の男は、世界広しといえどもなかなかにめずらしきものだろうなあ、と、それはそれでおもしろくて、たっぷり1時間楽しんだ。

 

それから近くのブックオフに行った。あだち充先生の『H2』の完全版を見つけ、最終巻を立ち読みする。いとこの家にいくたび繰り返し読んだ、ぼくにとって思い出の作品だ。正直『タッチ』よりも思い入れは深い。あだち充先生は、絵ももちろん独特なのであるが、それよりも演出というか、話の運びがとても巧みである。たとえば1話のなかでまったく同じセリフを同じ登場人物に2回言わせる、というのがよくあるのだが、セリフが繰り返されるあいだに起こる出来事によって1回目では小さなコマの何気ない一言だったのに、2回目でとても印象的なセリフに化けるのである(そしてこのセリフがその話数のタイトルになっていたりする)。個人的な感想だけれど、あだち充先生は漫画の音感のようなものがとてもいい人だと思う。作品のなかでセリフがいつもとてもきれいに響く。

 

最終巻ということもあって、読み終わったあと少しじーんとしながら店内を回り、江國香織の『きらきらひかる』を買って(これもすでに2回くらい読んでいる気がするのだけれど、なぜか手元になかった。なぜ?)外に出て家路についた。途中のスーパーでチューハイを買って、歩きながら飲んだ。たぶん、新しい仕事はこのまま決まってしまうだろう。正直、自分がするとはまったく想像できなかった仕事だけれど、こうしてスーツなど着て面接に行っているあたり、脈なし縁なしな仕事ではなかったということだ。ひょっとしたら、今ある自分がすこっとひっくり返ってしまうかもしれない。ただの可能性の話だけれど。それにしても、幸せなことである。

 

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